2012年3月18日 (日)

今、日本に生きていること

■東日本大震災からもう一年がたちました。亡くなられた方、被災された方に哀悼の意を表するとともに、一日でも早く心安らかに生活できる日々が来ることをお祈り申し上げます。

正直に言えば、私自身、この一年あまり記憶がありません。

阪神・淡路大震災で被災したとき、私は高校2年生でした。あれからどれだけ成長できたのか、何をしてきたのか無力感で一杯です。ただ自分が悔しい、その一言に尽きます。

きっと多くの人もそうであったと思いますが、前へ進むというよりは、これまでの人生を自分なりに振り返る時間が長かったように思います。
それでも、生き生かされてる者として感謝を忘れず精一杯生きたい、生きていきたいと思っております。
そして、忘れることなく、自分なりの形で、復旧、復興に関わっていきたいと思います。

■ドイツの話を少ししたいと思います。一時、YouTubeにドイツ国営放送のZDFが福島放送の映像を無断に使ったということで、削除されましたが、あの番組のプロデューサーとメールを交換したことがあります。

ご存じの通り、ドイツは日本での福島原発の事故後、安全委員会と倫理委員会がドイツにある原発に対して調査し、メリケル首相にその報告書を提出しました。

1.安全委員会からは、安全性に問題はなし。
2.倫理委員会からは、デモクラシーの観点から自治体が負えるリスクではない。

という内容であったと記憶してます。(事実誤認があればご指摘ください)

首相の決断は、2を採用しました。
高度に発達した自治であっても、到底、その自治体の市民が引き受けられるリスクではないので、そのことをデモクラシー(選挙)は判断できないということです。
私は、原子力に対する科学と技術を発展させつつも段階的に原発からエネルギーシフトしていくべきというスタンスですが、現状はまだまだわからないことばかりの非常事態であるという認識です。

話を戻しますが、ZDFのプロデューサーは私の質問に丁寧に答えてくました。
科学的な根拠や科学的な検証を行ったわけでないが、高い数値が出た以上、避難を優先し人々を守らなければならない。ましてや私はドイツのTV局だから、真っ先にドイツ国民を守らなければならないという内容でした。

もちろん、ドイツの判断やZDFにはその他にも理由はあるのかもしれません。

しかし、私にとっては、とても重く考えさせられる言葉がたくさんありました。

私は卑怯です。でも、誰も責めません。

最後にある学会で、もうかなりのお歳のおじいさんが、(きっと敗戦後の焼け野原から今の日本のために頑張ってこられた方だと思いますが)言った言葉も頭から離れません。その方は、
政治家なんていつもこんなもので、今回たまたまさらにひどかっただけじゃないか、もっと君たちが頑張らないと・・・。

政治家がいつもダメだったかはさておき、今、日本に生きていることに感謝をしつつ、
今年は顔をあげて前を向いて歩もうと思っております。

「今、日本にいきていること」その大切さをかみしめながら。

拙ブログも再出発です。どうぞよろしくお願いいたします。

2012年3月 5日 (月)

ブログ工事中

■おはようございます。

ブログ工事中といいますか、他所さんに移行検討中です。

1.ドメインが変更できない。
2.色々と使い勝手がわる・・・

というほど更新していないのですけど。

過疎ブログですが、5年続けてお世話になってきたりと愛着はあります。
これまでのバックアップは全てとってあるのですが、読み込んでくれない。。。
時間のあるときに少し触ります。

取り急ぎ

2012年 新年を迎えて

2012年、明けましておめでとうございます。少しこの挨拶に躊躇してしまいます。昨年3月11日の東日本大震災で亡くなられた方、大切な方を失った方、被災された方々にお悔やみ、お見舞い申し上げると同時に、皆様にとりまして本年が少しでも良き年になりますよう願っております。

私も自分の出来うる限りですが、なんらかの形で被災者支援、被災地の復旧、復興に貢献できればと思っております。引き続き本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

■私の年越しですが、京都のあるライブハウスにおりました。なぜかというと、フォトジャーナリストの佐藤慧さん(ブログ)に逢うためです。


■彼との出逢いが昨年最後、今年最初の出逢いになりました。世界中の貧困地域をカメラとともに取材し、数多くの「生」と「死」に向き合ってきた彼だからこそ、その言の葉のひとつひとつはとても優しくそして強くもあります。

遅れて会場についた私を友人が手招きで呼び寄せてくれて、席に着くとすぐに佐藤慧さんが挨拶をしてくださりました。いろんな苦難を乗り越えてこその穏やかさと決して目をそらさない真剣さをもつステキな青年でした。

手短にお互い挨拶をすませ、彼のセッションになりました。彼は岩手出身、被害のひどかった陸前高田にご両親が住んでいました。当時、彼は遠くザンビアにいたそうです。インターネットで集めるも数少ない情報、両親の安否、未曾有の被害に襲われた東北、彼の故郷。急遽、帰国を決め、陸前高田に入り、母を探していく話が彼が撮影した写真を背景に静かに語らていきます。

彼ははじめに、自分への問いを素直に語りました。この辛い経験を語ることが本当によいのかということです。
多くの人々に知って考えてもらいたいと思う一方で、もう触れたくない、思い出したくないという方々もいます。

メディアに携わる私にもこの問いかけはとても大きく大切なことです。

どこかでやはり、触れずに逃げていた自分がいました。目を背けたくなるような現実、「生きる」とは 「生」と「死」をわかつものは何か、自分を納得させることができず、いつも心のどこかにひっかかってきました。

佐藤慧さんの共著や経験談には釈然としない私の疑問や不安に応える多くの言葉が気持ちがありました。

生き生かされてる者としての感謝、素朴な生の営み、たくさんの「あなた」に本当に大切なことは何かを考える機会など....

普段の日常では考えもしない当たり前のことばかりなのかもしれません。

その当たり前のことを、少し歩みをとめて身近な人達と感じ考えていこうという前向きなメッセージを受け取りました。

才能溢れるステキな青年と新年を迎えられたことをとても嬉しく思っています。

私も分野は違えど行き着く先は同じだと思っていますので、負けないように勇気をだして一歩、二歩前にでてみようと考えております。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

*尚、このエントリーはDATE: 01/03/2012 11:27:00 に記したものです。


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