2012年1月 3日 (火)

2012年 新年を迎えて

■2012年、明けましておめでとうございます。少しこの挨拶に躊躇してしまいます。昨年3月11日の東日本大震災で亡くなられた方、大切な方を失った方、被災された方々にお悔やみ、お見舞い申し上げると同時に、皆様にとりまして本年が少しでも良き年になりますよう願っております。 私も自分の出来うる限りですが、なんらかの形で被災者支援、被災地の復旧、復興に貢献できればと思っております。引き続き本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。 ■私の年越しですが、京都のあるライブハウスにおりました。なぜかというと、フォトジャーナリストの佐藤慧さん(ブログ)に逢うためです。

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2011年12月28日 (水)

東アジア再燃

■時代を最後尾から追いかけるということで、少しメモしておく。金正日総書記の死亡に伴い、朝鮮半島情勢が正確には朝鮮半島をめぐる情勢が動き出している。まず、金正日氏の死亡説はこれまでもあり、朝鮮半島の危機もはじめてではない。しかしながら、情報面に関して少し言えば、私の知る限り、テレビ朝日の国際がもっとも早く、遅れてBBC、それからNYTなどのアメリカメディア、最後が韓国であった。(これは私が記憶している限りなので、誤りがあれば指摘して頂きたい)確かに、日米韓は国内事情により北朝鮮の核・ミサイル・(拉致)に関するプライオリティは格段に落ちていたといっても過言ではない。では、中国はというと恐らくそれ以前に知っていただろうと推測する。毎日に次のような記事がある。(参照) インテリジェンスという面では、日米韓はやや脆弱、隙があったと言わざる得ない。 すでに国内外の多くの識者がこの件を論じていることもあり、私は少し違う角度から分析する。

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2011年11月 5日 (土)

アウトプットの大切さ:自戒編

最近というか以前からも感覚的にはなんとなく漠然と肌感覚というか上手く言葉に出来なっかたのだけど、自戒を込めてメモしておこうと思う。

コミュニケーション能力やスキルが結構というかビジネスではほぼ全てなのだろうと思うし、普段の家庭や友人や日々の生活でも大切なのは異論がないことで、いろんなところで試されてるわけだけど、人と話すのが苦手っていう人もいるだろうし、伝えたいことが思うように伝わらないなんてことは誰にでもあることだろうと思うのです、

僕自身も結構、自分の中だけで完結してしまったり、何か言い返される反応が恐いわけでもないのだけど、とても下手なんです。自分なりにそれは何故かなあと考えた時に自分の中の基準というか言葉を相手も持ってると思いこんでいたり、面倒だったりいろいろ理由はあるのだけど、ある程度、自分が納得いくレベルでないと表にだすのは恥ずかしいという完璧主義的なところもあったりで、自分の内面の成長だけでなく、大事な物事が進まないということを経験してきた訳です。でも、モー少し考えみたら、アウトプットして表にださないと、それが良い悪い以前になんなのかさえ周りからすればまったくわからないというのが本当のところです。

特に時間をかけるのと丁寧にやるのとは違うし、1分でこうして書いてるエントリと1日かけて考えて書いたエントリとがあったら、必ずしも後者が評価される読まれるエントリになるなんてことはわからないし、意外に思いつきでさくっとまとめたものが評判がよかったりしてきたわけです。

そこで、あーそうかとにかくアウトプットして出来るだけ多くの人に見てもらったり、読んでもらったりしてその反応をフィードバックという形で活かしていくほうが、楽というか先に繋がっていくことが多いなあと学習。

つまり、良いか悪いか自分で考えて悩んでいるよりとにかくアウトプットしてみよう。でないと実際は良いも悪いもないよねっていう結論にいつのまにかいたったわけです。

じゃあ、それすぐにできるのといわれてもやっぱり、インプットがないとアウトプットできないし、これだけ情報のある世界でインプットしたものをそのままアウトプットしたってそれ、荷物をうつしただけだよねてなことも多々あります。

結局、自分で考えないとダメという堂々巡りに陥って、またしても迷宮からぬけだせなくなってしまうというのが自分がよく経験するある種のスランプなんです。

締め切り近いよ、もう時間ないよというときの諦めというのか追い込まれると仕方がないという開き直り心境にいたったとき、次のステップに進むのかなあとアバウトに納得してます。

実際やってみると、自分が思っている以上に書けないし、アウトプットしたものを後からみると自信なくなるぐらいクオリティが低いというのが相場で、なるほどこれが今の実力だと受け入れて認めたところから、じゃあ、前よりもいいものを出そうとといろいろと勉強したり、いろんな人からもっと意見をもらったり。これが結構はじめは、涙がでるぐらいつらいわけですが、徐々に快感に変わっていくという秘薬であります。

でも、確かにはじめの一歩のハードルは高いなあというのもあるんです。いきなり議論しようと思っても、議論には議論のルールがあるし、論理的に説明するというのも当然、論理をわかっていないと出来ないわけです。

Twitterやネットの各所をみると内容以前に論点がかみあっていなかったりで???と言いたくなるぐらい主張というか結論がなかったり。。。

小林秀雄あたりが述べたように「まねる」というのが「学ぶ」の第一歩らしいです。「パクル」じゃないですよ!
例えば、子供は「おはよう」と言われたら「おはよう」とまねることで挨拶が成り立つんですよね。その一方で、大人は「おはよう」の意味や概念とか理由を考えてしまう。これ、英会話とかだったら明らかに子供のまねるのほうが上達が早いんです。

日本では語学教育をはじめこのへんが弱点なのかなあと勝手に思っております。

そういう意味では、一度ヒットしたら同じようなものを作ればいいと言ってしまった某企業の代表は子供的ではあるけれど、学習、上達していくのだなあとつくづく考え込んでしまう徹夜明けの朝であります。

(所要時間2分32秒で、誤字・脱字がひどかったので訂正しました。)

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